書棚

私は一つのことにずっと集中していられない。
仕事であればやらなければいけない事や期日が決まっているから一応は集中しているが、プライベートとなるとこれはちょっと病的なくらいに散漫している。

掃除用具の整頓をしていたのに、掃除機をかけはじめる。
掃除機をかけていたのに、洋服をたたみはじめる。
洋服をたたんでいたのに、家具の配置を変えはじめる。
家具の配置換えをしていたのに、犬のブラッシングをはじめる。

最終的には(たとえ日数がかかっても)最初の掃除用具の整頓なり、衣替えなりは終わらせているし、特に誰かに迷惑をかけているわけでもないから気にしていないのだが、相方はどうしたって気になるらしく、よく注意をうける。
そりゃそうだ。
はたからみたら全部がやりかけの放り投げ。
いったいあなたは何をしたいの?と聞きたくなる状態だ。

私としてはすべてが一日、一週間、一ヶ月の中で同時進行しているだけで、やりかけで放り出しているつもりはない。
だけど私以外の人間からみたら何一つ終わらせず、完成させず、中途半端にしか見えない。

精神科などで鑑定してもらったらきっとそれらしい説明がつきそうだけど、これ以上わけのわからない病名をつけられたらたまらないので診察してもらう気はない。

要するに私の興味の対象がとにかくめまぐるしく変わってしまうのがいけないのかもしれない。
いや、本人がそれをちっとも「いけない」と思っていないのがいけないんだろう。

行動だけではなく、知識欲も散漫だ。
ちょっとしたことに刺激されて、興味を持ち、調べて、満足する。
インターネットでは情報量が足りない場合は迷う事なく本を探して買う。
だから私の書棚はジャンルがゴチャゴチャな本で埋まっている。

園芸、カメラ、釣り、自動車、語学、宗教、法律、犬、料理、医学、スポーツ、経済、歴史、漫画、小説、外国文化、etc...etc...

すべて真面目にじっくり読んでいるわけではなく、流し読みしているものがほとんどで、最期まで読んでいない本も多い。
今までに唯一、これでもかとのめりこんで集中して勉強し、研究し、実践してきたのがなぜか「釣り」である。
それも今は持病に邪魔されて研究中止。
かくして私の興味は毎日あちこち移動する。

1961年からクラゲを85万匹も採取・研究してノーベル賞をとった下村脩さん。
私も何かひとつじっくり取り組む事ができる性分だったら、ノーベル賞とまではいかなくてももうちょっと家族や世の中に貢献できる人間になれるのかもしれないけれど、いまさら変われないだろうし、変わろうともしていないダメ人間なのだからもうどうしようもない。