釣りガール超越。

金子マミです。

今日は『つりジェンヌ』のフィッシングウェアコーディネートの撮影をお手伝いしてきました。




モデルさん撮影と物撮りでした。

良いお天気過ぎて暑かったけど、皆さんの努力の甲斐があって良い写真が撮れたと思います♪

WEBにアップされたらまたご紹介しますね!



さて、私がこの撮影のお手伝いをしている間に、大変な事件が起きていました。

シマノさん主催のカワハギトーナメント『ステファーノグランプリ』でなんと三石忍さんが優勝!

この知らせを受けたときは携帯電話を落としそうなくらい驚き、鳥肌が立ちました。

だってね。

これはものすごーーーーーーい快挙なんですから!

○匹の総重量、や最大魚のサイズなどではなく、数釣りで競う釣りの大会で女性が総合優勝するというのはおそらく日本初、いやたぶん世界初ではないでしょうか。

私が尊敬し、応援している三石忍さんがその快挙を成し遂げたんですから、そりゃあ震えもでるし鳥肌だって立ちます!!!

彼女の努力と精進の賜物であり、この栄誉はもちろん彼女の物だけど、自分の事のように嬉しくて、娘の事のように誇らしく思いました。



TLCで今年実施した釣り教室での反応を見て以来、さらに強く感じているのが女性アングラー達の本気度です。

釣りガールブームという流れの中で、男女の差無く、それでいて女性らしい探究心で真剣に釣りを楽しむ女性がジワリジワリと増えています。

そういった中で私がこれから示していけるものは何なのか。

ぼんやりしていたものがハッキリ見えかけていたところで、三石忍さん優勝のニュースからもっとハッキリ見えてきた気がします。

ちょっとずつでも良い。

自分が出来る目の前の事からやり遂げ、本気で釣りを愛する女性達と新しい時代を作っていきたい。

それが今の私の目標となりました。

女性限定☆沖釣りイベント決行!その思い。




2011年4月17日。

それは定例会としてTLCミーティングを開催しよう!とメンバーの方々と半年前から決めていた日取りでした。

しかしご存知のとおり、東日本大震災という未曾有の大災害にともなって様々な問題が発生しました。

交通手段は確保できるのか?

余震の心配はどこまでしたらいいのか?

情報収集しながら、私は開催の是非について毎日悩んでおりました。

しかし、ライフラインも正常に近づいてきたところで、仮に集まりが少なくても開催する事に意義があると思うようになりました。

中には、ご本人はとても参加したかったのにご家族の反対にあい、泣く泣く参加を取りやめた方も数名いらっしゃいました。

それも現状では仕方の無いことです。

そういう状況を少しでもなくしていくために、安全に釣りが楽しめる環境があるということを発信していく必要性も感じました。

続く余震。

予断を許さない福島第一原発の状況。

生活を脅かすものがあるなかで普通に暮らす事の難しさは私ももちろん感じています。

釣具店にも、遊漁船にも、そして海釣り公園などの施設にも以前の賑わいは戻ってきていません。

津波の映像の衝撃は強すぎました。

みなさんの心に穏やかで爽やかな海のイメージが浮かぶようになるまでまだ少し時間がかかるのかもしれません。

しかし、震災後すでに海にでかけた方はもう気付いていらっしゃるはずです。

海は、そして自然は確かに人間がたちうちできない強大なパワーも持っているけれど、愛に満ちていて、命をもたらしてくれる源でもあることを。

今回なんの予備知識もあたえずに「一緒に釣りいに行こうよ。」と参加させた同級生♀が船上で言ったひとこと。

「なんだか海の上ってすごく平和だね。」

うん、確かにこの日の海はほんとうに穏やかで、包み込んでくれるような優しさを持っていました。

地震、津波、原発事故はいろいろな事を気付かせてくれました。

人間のために地球があるのではないこと。

海、空気、土を汚せば自分にその汚れが返ってくること。

今わたしたちはあれこれとただ恐れるのではなく、本質をきちんと感じ取り、正しく物事を判断して行かなければいけないと思います。

ちょっとイベントの話しとずれましたが、みなさんと海で釣りを楽しませてもったら、尚更この環境をこれ以上壊したくない、と強く思ったので付け足しで書きました。

早くいろいろなことが正常化して、釣り場にたくさんの笑顔が戻ってくる事を私は心から願っています。

いつまでも児島玲子を見たいのです。


以前に何かで書いたかもしれないが、私が沖釣りを始めたきっかけは8年ほど前にTVでワラサをばんばん釣っている児島玲子さんを見たことだ。

しかしながら、生まれて初めて乗った乗合はイメージとはほど遠かった。
満足できる釣果が得られなかっただけではい。
船宿で借りた旧型の手巻きリールとロッドをロッドキーパーもない状態で筋肉痛に耐えながら手に持ち、ガチャガチャと糸を巻く私は、テレビで見た児島玲子さんとは(容姿ではなく置かれた状況が)天と地ほどの差があるように感じられた。

私は一週間もしないうちに釣具店にかけこんだ。
テレビで児島玲子さんが使っていた道具でワラサが釣りたいんです、と店長に告げ、新品のロッドと電動リール、ロッドキーパー、レインウエアを手に入れた。

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まあ、そんな感じで児島玲子さんという同年代の女性がひたむきに、そして楽しそうに釣りをしている様子を見て沖釣りにチャレンジする決心がついたのだ。

実はそれより前に、GTチャレンジのためにジムで激しいトレーニングを積んでいる彼女の姿が放映されたときにも驚き感動し、憧れを抱いていた。
あれは一種のドキュメンタリーにも思える内容だった。
たまたまチャンネルを合わせただけだったのだが、本当に喰い入るように見てしまった。

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先日のシーバスジギングでご一緒した女性二人(じんこさんとチホリさん)と午前釣りの後にファミレスでお昼をいただいた。
お二人とも私と同じように児島玲子さんから受けた影響があると話してくださった。
そしてポスト児島玲子はいるのか?出てくるのか?という話題になった。

シマノはもちろん、釣り業界は次々と若い女性タレントをテレビや雑誌に投入してくるが、はたして児島玲子さんくらい女性アングラーの心にひびく人物は出てきたのであろうか?
特に同世代の若い女性に印象付けて、釣りを始めるきっかけが与えられる様な人は。

「若い女性」となるとアラサー、アラフォー女性が選ぶものではないので、実感として私は伝えられない。
20代から30代前半の方で最近釣りを始めた女性にとってのアイコンというか、憧れ、目標のような存在の女性アングアーはいるのだろうか?

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ちなみに現役のアラフォー女性アングラーとして ” 私が ” 思っているのは、児島玲子さんはじめ、同世代のプロアングラーの活躍をもっと見たいという事。
これについては先にでてきた女性釣り仲間のお二人も同意してくれた。
すっと見ていたい。
できれば50、60歳でどんな釣りをするのかずっと見守りたいと思うのだ。

メディアが男性に見せたいのは、かわいらしい若い女性だろう。
それについて文句はないし、むしろどんどんやっていただきたい。

それとは別に、男性だけではなく女性も生涯楽しめるスポーツだとアピールする人材がいても良いと思うのだ。
そんなわけで、私は釣り番組はもちろん、女性誌などにもアラサー&アラフォー女性のプロアングラーをどんどん出していただきたいと切に願っている。
男性プロも良いけれど、かっこいい女性プロにずっと憧れたり、追いかけたり、真似したりしたいのだ。

嫌な思い出。

愛しさ余って・・・シロイルカ君

今回はイルカのお話し。

私はイルカが大好きだった。
イルカと一緒に泳ぐことが夢だった。

キャラクター化されているイルカグッズなんかだと、可愛くて優しい海のほ乳類というイメージ。
だが、実際は頭を使って群で魚を追い込みイワシやニシンをばくばく食べる(笑) 。
NHKのドキュメンタリーで見たが、あの食べっぷりはすごい。
鼻にシワを寄せ、歯をむき出しにてばくばく食べる。
決してかわいくない。

イルカと一緒に泳ぐ自閉症児や障害児の治療プログラムがある。
これはイルカが出す謎の超音波にどうやらヒーリング効果が期待できるかららしい。
健康な大人と障害のある子供が同じプールにはいると、なぜかイルカは真っ先に障害のある子供の方へ来るそうだ。
う〜ん、これまたすごいことだ。

横浜・金沢八景にあるシーパラダイスの白イルカ。
私は彼らも大好きで何度か通っていた。

ある日、相棒YAMAちゃんと白イルカを見に行った時のお話し。

彼ら(白イルカ)は水槽の前に人間が来ると、人間に向かってお辞儀をするように頭を振り振りする。
(超音波で相手を調べるため、などと言われているが完全には解明されていないらしい)
その仕草がかわいくて水族館の一番の人気者だ。
私もこの仕草に癒されたくて見に行ったのだが、その日の仕打ちはひどかった・・・。

私が近づく前は子どもたちに可愛らしく頭を振り振りしていた白イルカ。
水槽の奥に泳ぎ去った彼らが戻ってくるのをガラスにへばりついて待っていた私。
そこへすごいスピードで一頭が泳いできた。
「わ〜い!来た来た!」
頭を振り振りしてくれると思って待っていた私に向かってヤツは・・・

「ぐわ〜っっ!」

と牙を剥いた。まるで猛獣のように。
白イルカはバンドウイルカなどにくらべると巨大だ。
その時の形相はものすごく恐ろしかった。
驚いた私は思わず言った。

「な・・・・なんで?」

泣きそうな顔をして後を振り返るとYAMAちゃんが腹を抱えて笑っていた。

「すげ〜!なんでだよ!なんで威嚇されてんだよ!そんなことされてる人いないよ〜!」(爆笑)

あれ以来、イルカが「大好きな動物」から「まあまあ好きな動物」になった。
なぜあの白イルカに敵視されたのか、未だに謎である。
早く科学の力でイルカの生態を解明して欲しい。

2004.4.21
mami

「釣りの算数」

 正直言って、私は洋モノの釣りが苦手だ。嫌いではない。釣りならはっきり言ってなんでも好きだ。じゃあなぜ苦手なのかというと、「上達しないから」である。

 沖釣りにどっぷり1年以上はまって、知らぬ間に私は知識が増えて(多少、頭でっかちな感は否めないが)仕掛けから道具、釣法までかなり幅広いウンチクが垂れられるようになった。しかしその分野は餌釣りや伝統的な日本の釣りに限られている。同じ沖釣りでもオフショアルアーやジギングに関しては全く進歩していない。たまにショアでルアーをやっても釣れない。この差はどこから出てるの?と考えてみて、ふと気付いた。洋モノ釣りに関する数字が体に染みついていないのだ。

 私が既に感覚的に覚えることが出来ている数字は、和モノに限られている。「針○号」「ハリス○号」「おもり○号」「対応錘負荷○号〜○号/対応ライン○号」と言った類。洋モノの「16ポンド」「10オンス」といった数字は、頭で計算しないと理解できないのだ。感覚的に、全く染みついていない。

 これは単に、経験不足が原因かとも考えた。だが、自分で言うのも何だが、ルアーフィッシングの方が累計釣行回数も多いし経験年数も長い。とはいえ、そういった数字やタックルの種類を全く気にせず、自分が見て気に入ったルアーやタックルを適当に使っていた。だから釣果が伴わなかったのであろう・・・

 その点を反省して、先日真剣に考えながら釣具店でルアーフィッシングコーナーを見て回った。しかし、やっぱりいまいち数字がピンと来ない。10オンスは何グラムなのか?16ポンドラインとは何号ハリスくらいの強さ?といったことばかり頭を駆けめぐる。

 何事も勉強と経験が物を言うはず。これからはもう少し真剣にルアーやジギングを勉強して、場数を増やしていこうと思った。それでも数字がわからなければ、私は単なるおバカさん!ということだ(笑) 

 あ!和モノでもわかってないものがあった!ウキ!Bとか3Bとか、マイナスとか・・・どうやってバランス取るのじゃ!?そう言えば物理のテストで15点取ったことを思い出した・・・力学とか、苦手なのよね〜。。。。。っておい!そんな複雑な話じゃないはずだぞ!

  要するに釣りバカじゃなくてただのおバカさんだったみたいです♪

2003.11.26
mami

※自分のためにこんなページ作りました↓
http://lovefishing.net/PAGES/kanzan-hyo.html

魚になった師匠

 釣りを好きになったきっかけというのは人それぞれだと思う。私の場合は小学生の時、祖父と行って入れ食いだったニジマスの釣り堀だ。ただ、それはきっかけであり、実際にそのまま釣りにのめり込んだわけではない。その後ブームにのってバスフィッシングも楽しんだ。しかし、現在のように海釣りの魅力に取り憑かれたのは心の師匠の影響である。

 師匠は会社の同僚であった。同僚と言っても20才くらい年上のおじさんだ。会社に入りたての頃、入社動機を聞かれて「釣りが好きだからです。」というと大変気に入られた。しかし当時、私が凝っていたのはトラウトフィッシング。師匠は「食べて旨い海の魚を釣らせてやるよ。」といい、横浜・本牧の夜釣りへ他の同僚数名と共に私を連れだしてくれた。

 海釣り経験ゼロで、道具も仕掛けもさっぱり分からない私に師匠が貸してくれた道具は、1.5メートルくらいのペナペナな竿とフライリールを改造した太鼓リールだった。仕掛けはシンプルな1本針とガン玉おもり。そこにアオイソメを付けて堤防際から底までふわりふわりと落とし込み、底からゆっくり巻き上げるように指導された。

 言われたとおりに何度か落とし込み、底からゆっくり巻き上げていた。最初は底に着いたのか着いていないのか分からなかったが、何度か教わる内にコツが飲み込めた。突然、ものすごい勢いで糸が出ていった。その時、側にいた同僚は、「ちゃんと巻いてる?巻かなきゃだめだよ!え?重い?何かわいこぶってるんだ!」と檄を飛ばした。しかし、腕力に(当時は)自信があった私でさえなかなか糸を巻くことが出来ない。竿は満月を通り越してグンニャリと曲がっている。ようやく上がってきた魚を見て、師匠と同僚達は唖然としていた。70センチ以上あろうかという見事なスズキであった。師匠は、私を褒めずに「この竿、すごいだろ。」と一言。私の腕が良いから釣れた可能性はゼロ。おっしゃるとおり竿のお陰だったのであろう。その後はメバルやカサゴ、アナゴなどを皆で釣り上げて深夜に納竿となった。

 海で生まれて初めて釣った魚がスズキだったというビギナーズラックは私の釣り人魂を目覚めさせた。それからは師匠の釣行には出来るだけ同行した。最初の魚があまりにも強烈な印象だったので、それ以上の興奮を得られる魚にはなかなか出会えなかった。師匠の本命はクロダイ。私もヘチ竿を購入し、教わりながらクロダイとの出会いを求めた。しかし顔を見られないままあっという間に1年以上経っていた。

 諸事情により会社を退職したあとも師弟関係は続いており、相棒ともどもかわいがってもらっていた。そんなある日、師匠が入院したという連絡が会社から入った。師匠は重い病に冒されていた。見舞いに何度か行ったがとてもつらい闘病生活のようであった。師匠に病気と闘う威力を発揮させるのは釣りに行きたいと思う強い欲望だと信じ、私は携帯メールで釣果を逐一報告し続けた。

 入院から数ヶ月後、師匠から電話が入った。いつもの堤防釣りに同行して欲しいとのことだった。体調が心配ではあったが、一時帰宅の許可をとってあるから大丈夫だと言う師匠の言葉を信じ、同行することにした。その時期、堤防でアジが好釣だったのでそのことを告げると、ヘチ釣りは体力的に無理だからアジのサビキ釣りをしたいと彼は希望した。

 久々に会った師匠の弱り様は誰が見ても明白だった。それなのにコマセを振る彼はとても嬉しそうだった。なんとか沢山のアジを釣らせてあげたいと思ったが、その日の釣果はあまり良くなかった。夕間詰めから夜八時くらいまで竿を出し、納竿とした。二度目の一時帰宅でも師匠は同様の電話をよこした。しかし体調が思いの外悪化し、中止となってしまった。

 その後、師匠と釣りに出かけることはなかった。師匠は海に還った。戒名に「魚」の文字が入っていた。

 元同僚の話では、病床でも竿をいじっていたそうだ。いつでも釣りに行けるように手入れをおこたらない人だった。私は師匠に聞き忘れていたことがある。あの最初に貸してくれた竿は何竿だったのであろうか・・・。

 師匠の他界後、どうしても彼と通った堤防に行けないでいた。行って、そこに師匠がいないということを実感してしまうのが嫌だった。私は場所を移し、サーフへ、そして沖へと出ていった。

 私が沖に出てから一年以上が経った。師匠の魂が乗り移ったのかと思うほど、彼亡き後の私は釣りキチ度がひどくなっている。そのお陰で沢山の人と出会い、魚と出会い、幸せに暮らしている。

 近い内、師匠と通った思い出の堤防でのんびりアジを釣りに行こうと思う。

 

2003.11.11
mami

山の精霊

海釣りとは関係のないお話しですが、思い出しちゃったので書いてみます。私的にはかなり説明不可能な、X-FILEです。

 2000年の初夏、だったと思います。奥多摩のとある源流へ相棒とヤマメ釣りに出かけました。そのころ既に、何度か渓流釣りを経験して、私はすっかり調子に乗って相棒より先に川上へ〜川上へ〜っと釣り上がっておりました。(渓流では先に上流を探った方がなんとなく有利らしいです)そして、がんがん進みすぎて、相棒の姿が見えず声も聞こえないことに気づきました。「ま、彼はベテランだから大丈夫だよね。」と1人川のせせらぎを聞きながら釣り糸をたれていると・・・

 「・・・・・。」

 ものすごくかすかですが女性の声が聞こえた気が?・・・川のせせらぎでよく聞き取れません。じ〜っとして耳を澄ませてみますと、

 「○○○・・・・気を付けて・・・・・。」

 へ?何?誰か他のグループがしゃべっているのかな、と思いつつとても気になるのでまた耳を澄ませてみると、やっぱり女性が1人でつぶやいている(叫んでいる?)。遠くの方から聞こえる声なのに、なぜか耳元で囁かれているような不思議な声。突然、全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、あわてて相棒を探しました。20メートルほど川下に降りていくと、相棒は普通に釣り糸をたれています。

 「ねえ、女の人の声、聞こえた?」

 「いや、何、誰か悲鳴でも上げてた?」

 「ううん、そんなぶっそうな感じじゃないんだけど・・・ねえ、そろそろ帰ろう。」

 「疲れた?じゃあ帰ろうか。」

 我々はそのポイントに、山道からガードレールを乗り越えて、半ば逆ロッククライミング状態で降りたために、もちろん帰りは正式なロッククライミングです。そういう場面が多いので、いつも相棒に、源流の釣りでは帰る時の体力を残しておくように言われていました。そしてえっちらおっちら6〜7mの岩壁を上ってあとちょっとでガードレールに手が届く、という時に事件は起こりました。腕力の限界でちょっとふらついた私を下にいた相棒がぐぐっと持ち上げてくれたのですが・・・持ち上げる力+自分でよじ登る力で顔面をガードレールに強打。

 「うっ・・・★☆★☆?!?!?!?」

 痛すぎて声になりません。相棒もあまりの意外な展開に驚いてぽかんとしています。なんとかよじ登り道路に戻って相棒に傷を見てもらうと、「血、出てるしものすごいたんこぶになってる・・・。」

 後日、おでこの絆創膏を見た友人達に「どうしたの?」と聞かれる度に説明が面倒くさくて面倒くさくて・・・だって「ガードレールにぶつけた。」って言ってもみんな理解してくれないんですから。

 で、「気を付けて・・・。」の声は、「ガードレールに気を付けて。」だったのかなあ、と今でもふと考えてしまいます。あのとき、山の主というか、精霊とでもいいましょうか、禁断の領域に住むモノの気配を感じてちょっと怖かったです。あれ以来、渓流には入ってません。
 

2003.7.26

砂浜おじさん2

 「あんたあの〜なんだな、釣り番組出てる女の子、あの子すごいけどあんたもすごいよな〜。素人じゃねえな。」

 去年、大磯海岸で弓角をブンブン投げていたら、ゴルフクラブをブンブン振り回している(めちゃめちゃ怖かった)おじさんに捕まった。 そしておじさんは我々に「それじゃだめだ!」「こうしな!」と勝手にコーチングし始めた。 しかもおじさんは全然釣り道具を持ってない。持っているのはゴルフクラブのみ。釣りはしないんですか?と聞くと、近所に住んでいて以前は毎日投げキスや弓角をしていたが、釣り仲間が最近減ってしまい面白くないからやらないとのこと。「まさか私を釣り仲間にして復帰するつもりか?」不安がよぎる。しゃべりすぎる釣り仲間は好きではない。こちらが釣りにならないからだ。しかもゴルフクラブ振り回しながら浜をウロウロしている人って・・・

 おじさんは投げキス派らしく、角を投げている私と相棒に円心投法を強要する。怖いのでしかたなく二人でやってみて見事に仕掛けがPEごとぶっちぎれる。おじさんは「タイミングが悪いんだ!」と鬼コーチの気分になっている。あ〜あ、今までで一番やっかいな人につかまっちまったよ・・・。

 おじさんはゴルフクラブを持ってはいるが素振りするわけでもなく適当にぶん回している。なんでゴルフクラブを持っているのか聞くと「最近の若者はおっかねえから、護身用だ。」という返事。大丈夫。絶対、誰もあなたにはちょっかい出さないよ。

 適当に相づちウチながらそれでも一生懸命に角を投げていると、おじさんが「おい!あそこだ!ナブラ出てるぞ!」と叫ぶ。本当だ、ナブラだ!それまで邪魔されている感が強くちょっと不機嫌だった私は急に元気になった。そしておじさんはあちらこちらにナブラを発見しては知らせに来る。その目の良さにだんだん感心し始めていた。

 「ナブラ見つけるの早いですね〜。」
 「あったりまえだよ。ここに子供の頃からいるんだよ。」

 しばしナブララッシュの後、また海が静になった。おじさんは結局、私と相棒が撤収するまでず〜っと勝手に話しまくりのアドバイスしまくり。「じゃあ、私たちこれで帰ります。さようなら!」というと、「おれは毎朝ここ散歩してっからまた会うな!」と・・・釣りの度にこんなに話しかけられたら釣れるモノも釣れない!結局その日は丸坊主。そのおじさんが怖くてしばらく他の浜へ通ってしまった小心者の私であった・・・。
おやじ

2003.7.5
mami

砂浜おじさん

 タイトル変ですね。あんまり気にしないでください。

 去年の4月から秋口まで、砂浜の投げ釣りにはまっていました。シロギスの遠投釣りとサーフトローリングです。最初はシロギス釣りをしていたのですが、このとき買いそろえた道具は3980円のリールと7800円の竿。相棒に「そのリールはいくらなんでも安物すぎないか?」と言われました。でも当時は(っていってもそんなに昔じゃないなあ)釣具に出せる予算は気持ち的にこの程度だったわけです。

 で、一生懸命、遠投の練習をしてました。ジェット天秤の号数もあれこれ試して毎回毎回フルキャスト!

 しかし、全然飛ばない。

 シロギスは足で釣れってよく聞くように、投げ釣り師は砂浜の端から端を行ったり来たりしています。私と相棒は不精者です。釣具以外にジュースやお弁当、おやつなんかを山ほど持っていて身軽じゃないのでずーっと同じ場所で釣ってました。だから同じ人が我々をちらっと見て通り過ぎていくわけです。二〜三回通り過ぎていたおじさんが(見たところもうご隠居さん)「シロギス釣ってるの?」と声を掛けてきました。「はい。でも全然飛ばなくて釣れないんです。」「どれどれ・・・これじゃあ誰が投げても飛ばないよ。」「道具のせいですか・・・。」「あっちのひとなんて竿とリール、あわせて20万円するの使ってるよ。」

 「・・・・・・え?」

 知らなかったんです。キスの投げ釣りを。恐ろしい世界でした。飛距離に命とお金をかけまくる世界。めん玉飛び出ました。よくよく周りを見てみれば、みんな投げる前にグルグル回ってるし、投げた後にピシッと固まって動かないし、今までの釣りと勝手が違いすぎる!

 その後も浜へ行くたびに様々な砂浜おじさんが話しかけてきました。その度におじさんの手元の道具を見てギョッとする日々。みなさん、毎日のように技に磨きを掛けに来ているそうですがとにかく超高級タックルのオンパレード。ああ釣り馬鹿は恐ろしい。

 でも、あんまりにも飛ばないので相棒と二人で考え抜いて、中ランクの並継ぎ竿とリールを買いました。そうしたら二人とも一気に飛距離がアップしたではないですか!!!そして念願の二桁釣果を記録しました。

 その道具を次に堤防の投げ釣りに持参。すると隣のおじさんがリールを見て「ずいぶん良さそうな道具ですねえ。釣れますか?」とのぞき込んできました。うふっ。実はイシモチ釣れました、と言うと「良いなあ、おれは何にも釣れないよ〜。」と羨望のまなざし(気のせい?)。堤防では必ずしも遠投は必要でないんですけどね。その時はたまたまえらい遠くへぶん投げて探ってきたらイシモチが釣れたんです。

 「高い道具」=「釣れる道具」と私の頭にインプットされるきっかけが、砂浜おじさんたちのお道具でした・・・。
銭がもの言うシロギス道

2003.6.16
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